最高裁判所第三小法廷 昭和39年(オ)1237号 判決 1966年12月20日
上告人 横川成人訴訟承継人
横川アサコ
(外三名)
右上告人ら四名訴訟代理人
牧野寿太郎
被上告人
クラーレンス・エス・ヤマガタ
右訴訟代理人
芦苅直已
石川悌二
主文
原判決中、上告人ら敗訴の部分を破棄する。
前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人牧野寿太郎の上告理由第二点について。
原審が確定したところによると、被上告人に対する原債務者丸菱物産株式会社の本件貸金債務につき、上告人ら先代横川成人は昭和二九年八月三一日被上告人との間で重畳的債務引受の合意をしたところ、右原債務者の貸金債務は弁済期の翌日たる昭和二七年一月一日より起算して五年の時効完成により昭和三一年一二月三一日の経過とともに消滅したというのである。
重畳的債務引受がなされた場合には、反対に解すべき特段の事情のないかぎり、原債務者と引受人との関係について連帯債務関係が生ずるものと解するのを相当とする。本件について、原判決が右債務引受の経緯として認定判示するところによれば、上告人ら先代横川成人は本件貸金債務の原債務者丸菱物産株式会社の解散後、同会社の清算人からその清算事務の一環として同会社所有不動産等を売却処分する権限を与えられてその衝に当つていたところ、その頃被上告人の代理人芦苅直已は右会社の清算人に対し本件貸金の履行を求めていたが、その債務存在の承認さえ得られなかつたので、右会社の前社長であり事実上清算事務の一部を担当していた右横川に対しその責を負うべきことを要求した結果、横川において個人として右会社の債務につき重畳的債務引受をすることになつたというのであるから、これによつて連帯債務関係が生じない特段の事情があるとは解されず、したがつて、右原債務者の債務の時効消滅の効果は、民法四三九条の適用上、右原債務者の負担部分について債務引受人にも及ぶものと解するのを相当とする。
ところで、上告人らは、原審において、重畳的債務引受人として右原債務者の消滅時効の効果を援用しているものと解されるのに、原原判決は、右の点について、なんら審理判断を尽すことなく、上告人らの消滅時効の主張を排斥して右債務引受人たる上告人ら先代の債務の存在を認容した点に理由不備の違法があるものといわなければならない。
右の点を指摘する論旨は理由があるから、その余の論点について判断するまでもなく、原判決は上告人ら敗訴の部分について破棄を免れず、右部分につき本件を原審に差し戻すべきである。
よつて、民訴法四〇七条一項を適用し、裁判官全員一致をもつて主文のとおり判決する。(柏原語六 五鬼上堅磐 田中二郎 下村三郎)
上告代理人牧野寿太郎の上告理由
原判決は左記理由により破毀されるべきものである。
第一点 (省略)
第二点 判例違反
一、仮りに横川の行為をもつて原判決認定の如く重畳的債務引受であるとしても原判決は重畳的債務引受に関する法理を誤解し大審院の判例に違反する結果を生じたものである。即ち原判決は「横川が個人として被控訴会社の債務につき重畳的に債務引受をすることを約した事実を認めることができる」と認定し更に「当時被控訴会社が控訴人(被上告人)ヤマガタに対して負担していた金七十一万二千五百十四円の債務につき同会社と共に支払義務を負担していたものというべきである」から被控訴会社の債務が時効に因つて消滅しても「横川の債務は未だ時効は完成しないものというべく、従つて被上告人の横川に対する請求はこの範囲において容認すべきものである」と判示している。
二、債務引受についてはその免責的たると、重畳的たるとを問わず我が民法上明文の徴すべきものはないけれどもその有効なることはすでに判例において確定した法理と認むべく学説も異論のないところである。
所謂重畳的債務引受なるものは本来の意味における債務引受ではなく担保契約の一種と見るべくその効用は連帯債務、保証債務等と同じくするものである。
従つて重畳的債務引受のあつた場合に本来の債務者と引受人との関係如何については原則として連帯債務の関係に立つとすることは左記大審院の判例の示すところであり通説も亦これを認めるところである。
判 例
債務ノ引受ニアリテハ引受人ハ従来ノ債務関係ニ入リテ原債務其ノモノヲ負担スルモノナルガ故ニ原債務者ヲシテ其ノ債務ヲ免レシメザル債務引受即チ重畳的(若クハ附加的)債務引受アリタル場合ニ於テハ爾後原債務者ト引受人トハ何レモ同一原因ノ而カモ同一給付ヲ目的トスル債務ヲ負担シ両者ノ内一人ノ弁済ニ因リテ両者共其ノ債務ヲ免ルベキ関係ニ立ツモノト謂フベク斯ル関係ハ当初ヨリ数人ガ同一原因ニ基ク同一ノ給付ヲ目的トスル連帯債務ヲ負担シタル場合ト異ルコトナキガ故ニ重畳的債務引受アリタルトキハ爾後原債務者ト引受人トハ連帯債務ヲ負担スルモノト解スルヲ相当トス(昭和十一年(オ)第四四号同年四月十五日大審院民事判例集第十五巻七八一頁)(及び同事件の差戻後の上告事件昭和一二年(オ)第一七九号)
三、本件において本来の債務者たる被控訴会社の被上告人に対する債務がすでに昭和三十一年十二月三十一日時効によつて消滅したことは原判決の判示するところであるから民法第四三九条の「連帯債務者ノ一人ノ為メ時効が完成シタルトキハ其ノ債務者ノ負担部分ニ付テハ他ノ債務者モ亦其義務ヲ免ル」との規定に依り連帯債務者の他の一人たる横川の債務も亦当然免れるに至るべきことは疑問の余地なく判例も亦これを判示している。
判 例
重畳的引受アリタルトキハ爾後債務者ト引受人トハ連帯債務ヲ負担スベキモノト解スベキモノナルガ故ニ民法第四三九条ニ依リ債務者ノ為メニ時効ガ完成シタルトキハ其ノ債務者ノ負担部分ニ付テハ引受人モ亦其ノ義務ヲ免ルニ至ルベク而シテ原判決ニ依レバ本件債務ニ付テハ債務者小田部庄四郎ニ全部ノ負担部分存スルコト明ナルヲ以テ仮令所論ノ如ク上告人ト被上告人トノ間ニ昭和四年十二月三十一日迄履行ヲ延期スル旨ノ合意ガ成立シタリトスルモソレニ拘ラズ庄四郎ノ債務ニ付大正十三年七月一日以降時効中断ノ事由存セザル限リ該債務ハ爾後十年ノ経過ニ因リ昭和九年六月三日消滅時効完成シ之ガ効力ハ当然上告人ノ引受債務ノ全面ニ波及シテ同債務ヲ消滅ニ導クモノナルニヨリ被上告人ハ右ノ消滅時効ヲ援用シ以テ義務ノ免脱ヲ主張シ得ルモノト云ハザルベカラズ(昭和十三年(オ)第一四四〇号同十四年八月二十四日大審院判決)
四、本件横川の債務引受をもつて連帯債務負担と解すれば同人が債務を免れるに至つたことは前記法条ならびに判例をもつて充分であり敢てそれ以上説明の要を見ない。
只原判決の前掲判例と異るところは原債務者たる被控訴会社の負担部分について何等確定するところがない点だけである。
然し乍ら本件債務は原審の認定によれば元来被控訴会社が被上告人から借り受けたものであり、横川は如何なる者との間に於ても自己が負担部分を有する意味に於て保証、引受けその他特約の認むべきものは全然ないのであるから原債務者たる被控訴会社が全部の負担部分を有していたものであることは明らかである。(仮りに原債務が時効に因つて消滅せず横川が被上告人に対し弁済したとすれば同人は当然被控訴会社に対して求償権の行使ができる関係に在り)
判 例
(一) 連帯債務ニ在テ其債務者間ニ於ケル各自ノ負担部分ハ連帯債務ノ成立ニヨリ各自ノ受ケタル利益ノ割合ニ依リ定マルベク、各自ノ受ケタル利益ノ割合ニ関係ナク特別ノ意思表示ヲ以テ各自負担ノ割合ヲ定メタルトキハ其ノ特約ニ従ウベク其受ケタル利益ノ割合分明ナラズ且ツ特約ノ存セザルニ於テハ各自平等ノ割合ヲ以テスルモノナリト解スベキモノナリ(大正五年(オ)第三〇五号大審院民事判決録第二二輯一一三二頁、同趣旨昭和二年(オ)第五五七号、昭和一一年(オ)第一一七八号)
(二) 連帯債務者ノ一人ノ為メニ時効ガ完成シタルトキハ其債務者ノ負担部分ニ付テハ他ノ債務者モ亦義務ヲ免ルヘキモノナルガ故ニ連帯債務者ノ一人タル「イチ」ノ為メニ時効完成スルモ尚ホ上告人ニ全額ノ支払義務アリトナサントスルニハ須ク「イチ」ニ負担部分ナキコトヲ確定セザルベカラズ(昭和一三年(オ)第三一五号大審院判決全集第五輯一六号一五頁)
本件を前掲(二)の判例中「イチ」とあるを「被控訴会社」と置き替えて見れば原判決が各自の負担部分につき全然審理もせず只漫然と横川が重畳的に債務を引受けたものであるから被上告人の請求を容認すべき旨判示したのは審理不尽、理由不備の違法たるを免れない。
五、原判決の意或は横川の引受行為をもつて債務承認と看做しこれによつて同人の債務につき時効中断事由ありとのことならば之亦不当なること明らかである。
債務承認はすでに或る債務を負担している者が債権者に対して其の負担していることを表明する行為であり、債務引受は全然債権債務の関係のない者が新に他人間の債権債務の関係に加入する行為で其の性質及び効果も異るものである。
仮りに横川の債務引受を以つて同人の承認と見ても民法第四三九条及び左記判例に依つて原判決が横川に支払義務ありと判示したことが誤りであることは明らかである。
判 例
原判決ハ連帯債務者ノ一人根岸善助ニ於テ債務ノ全部ヲ負担シ他ノ連帯債務者タル被上告人外一名ハ負担部分ナカリシモノト認定シ債務ノ全部ヲ負担セル右善助ニ対シ大正五年八月十三日消滅時効完成シタルヲ以テ負担部分ナキ被上告人ハ民法第四三九条ニ依リ其義務ヲ免レタルモノト判断シタルモノナレバ債権者宮坂昇一郎ニ対シ被上告人ガ本件ノ債務ヲ承認シ之ニヨリ同人ノ債務ニ付時効中断アリタルヤ否ヤノ所論事実ニ関シテハ之ヲ判示スル必要ナカリシモノト云フベシ。サレバ原判決ガ此ノ点ニ付判断スルコトナカリシハ当然ニシテ原判決ハ所論ノ如キ違法ナシ(大正十一年(オ)第九六五号大審院民事判例集第二巻五一頁)
以上所論の如く原判決は破毀されるべきものなること明らかである。
以上